あたいが気掛かりを見る!って昂りましたが現実は軽くなかったです。

祖母の介護を5通年して建物に入る前に思った事は、ちゃんと十分に今まで不便を見れていたのかとか一段とこうしてあげれば良かったとか悔恨まみれの方針でした。最初は最後まで面倒を見てやると意気込んでいましたが、いよいよ介護が始まって3ヶ月は下の用心で食欲が出なくてさっぱり食事が食べられませんでした。自分のお忙しいように感じてイライラする季節がどうにもありました。祖母は自分で動けないので俺が祖母がやりたいことを控えするような姿でした。持ち上げたりおんなじ体位が続いてギックリ腰になった時もありました。この時ばっかりははなはだしんどかっただ。自分の事で精一杯なのに祖母を介護しなければならなくて大変でした。その時にはもはや結婚してお婿くんがうちにいてくれたので早朝のアルバイトを帰ってきてからは昼1人で大変でしたが夜は大変楽になりました。夜は男子が帰って来てもらえるといった張り詰めた懸念の糸がほぐれました。何時何があるか思い付かという状態が精神的に思い切り疲れました。男子が居てくれたり祖母がいつも「有難う」と笑顔で言ってくれたのがあったから俺は踏ん張れたんだと思います。建物にはもっと持ち家介護は満載だと手伝いまねくんからの通達で入る物事になりましたが、思い切りやりきれたのかという自問自答をしばらくしていました。若々しい肌を保ちたい。たるみの予防に何をすればいいのか?